40冊目
『ただマイヨ・ジョーヌのためでなく』
『ただマイヨ・ジョーヌのためでなく』
著者:ランス・アームストロング
翻訳者:安次嶺佳子
発行年月日:2000/08/25
週刊誌の編集部に所属していた入社からの6年間、いろんな人に取材する機会に恵まれた。なかでも、スポーツ大好きな僕にとって楽しかったのは、有名なスポーツ選手との接点だった。先方には歓迎されないことも正直多かったが、間近でそのひととなりを見られたり、会話できたりしたことは、今後も忘れることはないだろう。
そんな僕が社会人になってハマったスポーツが、世界最大の自転車レースと称されるツール・ド・フランス(通称・ツール)だ。二十数日間に渡る、全長三千数百kmにも及ぶ過酷な道のりを走破するツールの魅力は、なんといってもマイヨ・ジョーヌ(黄色いジャージ)と呼ばれる総合チャンピオン争いだ。
初めてテレビのドキュメント番組で見たマイヨ・ジョーヌ争いは衝撃的だった。前年チャンピオンのランス・アームストロングが山岳ステージで落車、ライバルたちに大きく水を空けられてしまう。そこでライバルたちがとった行動に、僕は心を打たれた。ランスが彼らに追いつくまで、ライバルたちはランスを待ったのだ。番組のナレーションはその情景を淡々と説明していた。
最強のランスに勝たずして、ツールに勝ったことにはならない――。
1903年に始まった、97回の開催回数を誇るツールには、ヨーロッパの伝統スポーツならではの不文律がある。そのことを象徴するエピソードに触れ、僕はすっかりツールの虜になってしまったのだ。歴史あるツールで史上最多の7回、マイヨ・ジョーヌの栄誉に輝いたランスの半生を描いたこの作品に出会ったのは、ちょうどその頃だった。
ただ、書名のとおり、この作品で描かれているのは、自転車についての話(だけ)ではない。自転車競技の若きホープとして前途洋々だったランスは25歳のとき、睾丸癌を発病する。生存率数パーセントという最悪の状況のなか、彼は見事に病に打ち克ち、自転車選手としてカムバックする。しかも、発病後わずか3年で最高峰のツールを制覇し、その後7連覇という偉業を成し遂げるのだ。
7連覇達成後、一度は現役を退いたランスだったが、3年前に現役復帰し、ツールに参戦。再びマイヨ・ジョーヌに輝くことはなかった(昨年、二度目の引退を表明)が、自らが主宰する財団などを通じ、ランスは「癌から生還した者の責務」として、さまざま活動を行っている。
残念ながら、僕はまだランス本人と直接会ったことはない。でも、この作品の担当編集者は結構身近にいたりする。
(2011.03.01)