34冊目
獣の奏者 (1) 闘蛇編
『獣の奏者 (1) 闘蛇編』
著者:上橋菜穂子
発行年月日:2006/11/21
講談社から上橋菜穂子さんの新刊が出ると知ったときの喜びは何にも代えがたいものでした。『獣の奏者』です。
私は「守り人」シリーズ2作目の『闇の守り人』から上橋菜穂子さんの世界にさまよいこんでしまった者です。10年ほど前、新聞の子供の読書欄に、大人にも読んでもらいたい一冊として紹介されていました。何か惹かれるものがあり、読み終えると、すぐさま前作『精霊の守り人』を求めました。書店では品切れになっていたデビュー作『精霊の木』『月の森に、カミよ眠れ』は、奇跡のように地元の図書館にありました。私の二人の娘たちも上橋菜穂子さんが好きになりました。以来、新刊が出るとまず先にとりつかれたように読みふけり、さすがに娘たちからもあきれられました。
『獣の奏者』、この書名からは内容も想像できませんでした。昨年の秋に出た番外編、外伝「刹那」を入れて全5巻の大作です。
最強の生物兵器とでもいうべき「闘蛇」とその抑止的な最終兵器「王獣」をめぐる王国と異国、異民族の絡み合いを描く物語です。主人公は「王獣」を操る力を持つ混血の少女。
「闘蛇」はおそらく爬虫類に属する巨大な生き物です。蛇とは言いながら角と四肢を持ち、水辺に生息し、甘い麝香の匂いを発し、戦車のような硬質の美しさがあります。「王獣」は断崖に巣を作り、空を飛ぶ翼を持つ、こちらも巨大な獣です。猫科の猛獣のような強烈な獣臭を持ち、強靭、凶暴な体躯を持ちながら、保護鳥の朱鷺のような艶やかさ、儚さがあります。自然界では両者は被捕食者と捕食者の関係です。「闘蛇」を兵器として飼う軍部と「王獣」の力を背景にした王国内の権力闘争から、隣国との最終戦争へと向かい、その最終戦の凄まじさ。
結末の後の静かな語りは余計にこたえます。
上橋菜穂子さんの物語には、ただ異世界の事件の展開だけではなく、歴史、政治・経済、風俗、習慣、人間の愛憎、そして生態系、謎解きの楽しさまであらゆるものが渾然となりながら、整然と提供されています。別の世界に旅をし、ひっそりと住み着き、温かい目で観察を続け、そのレポートを送ってこられているようです。
次の物語も、ぜひ講談社の本として読ませていただければ幸いです。
(2011.02.15)