講談社100周年記念企画 この1冊!:『リズム』

講談社100周年記念企画「この1冊!」

 

29冊目

『リズム』

森絵都

蔭山麻由子
校閲第二部 32歳 女

心のポケット

書籍表紙

『リズム』
著者:森絵都
発行年月日:1991/05/27

 とても久しぶりに、森絵都さんのデビュー作『リズム』を手にとって、何気なく奥付を開いてみた(「何気なく」こんなところから見てしまうのは、この職業の性なのでしょうか……)。

「1991年5月27日 第1刷発行」えっ? 小学生のときに読んだつもりだったけれど、1991年といえば、私は中学1年生。主人公・さゆきも、物語のはじめでは、確か中学1年だったはず。選ぶ小説も、ちょっと背伸びをし始めていた中学時代に、主人公が自分と同年代の小説を読んでいたとは、意外だった。

 さゆきは、のどかな郊外で、世話好きな両親と姉、バンドをやっている大好きないとこの真ちゃん、いじめられっ子の幼なじみ・テツたちに囲まれ、のほほんと暮らしている。ところが、真ちゃんは夢を追いかけて遠くの街に引っ越し、真ちゃんの両親の離婚騒動が起こり……。さゆきの日常に、ざわざわと波が立ち始める。

 この物語が私にとって特別な理由のひとつは、それまでに読んでいた「模範的な」子供向けの小説とは、まったく違うタイプのものだったからだと思う。

 物語が始まってすぐ、夏休みの終わり。さゆきの「明日から新学期。そう思うと、いままでてきとうにダラダラすごしてきた夏休みのありがたさが身にしみる」という言葉に、そうそう、もっと早くに宿題やっておくんだったとか、いろいろ後悔するよね〜、と思った当時の私。ところが、さゆきの次の言葉は、「もっと思いきりダラダラすればよかった」え〜〜っ。そうなの!? 生真面目な子供だった私は、吹き出してしまったのを覚えている。

 いまから思えば、その後の著者の作品にも通じる、ふっと視点のずらされるような、ユーモアのきいたディテールに心をつかまれた瞬間だったのかもしれない。

 続編『ゴールド・フィッシュ』まで続く物語で、マイペースを保ちながらも澄んだ目を曇らせないさゆきは、ちょっと息苦しい中学校生活での意外な発見をたくさん見せてくれる。時に立ちふさがる壁のようでもある周りの大人たちが、実は自分のことを深く考えてくれていることにも気づかされる。中学生なんて、自分の目の前の現実が世界のすべてに思えてしまうものだけれど、この物語は私に、さゆきという自分とは全然タイプの違う主人公を通して、世の中のちょっと違う見方を教えてくれた。生真面目だった私は、肩に入った力が抜ける思いがしたのだと思う。いまの中学生にも、こんな、それぞれの心のポケットになるような作品との出会いが、どうかありますように。

 いまでも森絵都さんの作品は大好きで、子供時代に好きだった作家の一般向けの新作を読めるとは、なんて幸せなことだろうといつも思う。でも、久しぶりに『リズム』を読み返してみて、森さんの児童向けの作品を、ぎりぎりリアルタイムで「子供」として読めた幸運にも気づかされた。たぶんこれが、主人公が自分と同年代のうちに、私が児童文学といえるものを読んだ最後だった。

(2011.02.01)

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