24冊目
『日本近代文学の起源』
『日本近代文学の起源』
著者:柄谷行人
発行年月日:1980/08/21
※表紙画像は2009/03/10刊行の文芸文庫『日本近代文学の起源 原本』
本を好きな方でしたらお分かりかと思いますが、「1冊オススメを」ということほど、やっかいなことはありません。ここは少しせばめて、「価値観が変わった1冊」を。
柄谷行人さんの『日本近代文学の起源』(現在は講談社文芸文庫に入っています)。文芸評論と言われるジャンルの本です。
18歳でした。大学近くの古書店の軒先で偶然見つけたとき、内容への興味よりも、このシンプルで美しい装丁が気になって、パラパラと開いたのを憶えています。
ちょっと抜き出してみます。
《私の考えでは、「風景」が日本で見出されたのは明治二十年代である。むろん見出されるまでもなく、風景はあったというべきかもしれない。しかし、風景としての風景はそれ以前には存在しなかったのであり、そう考えるときにのみ、「風景の発見」がいかに重層的な意味をはらむかをみることができるのである》
わけが分かりませんでした。でも、何とも格好いい文章だったのです。
それから、私の鞄にはいつもこの本が在りました。四六判というサイズがまた丁度いいんですね。ふとしたとき、電車の中で、教室で、時には歩きながら、理解できないなりに、線を引き、文字を書き込み、ページを見つめていました。そしてある瞬間に、「そういうことなのか」、と思ったのです。「そういうこと」がどういうことなのか、その衝撃は言葉では伝えられません。残念ながら。内容が理解できたわけではないのです。自分がいる世界が目の前で揺らぎ、ベロリとめくれて向こう側が見えてしまった、と言えば、感じていただけるでしょうか……。
文芸評論というのは、もちろん、文学について書かれたものです。読んですぐさま何かの役に立つ、という類の本ではありません。でも、そうした本が、読んでしまった人間の、考え方や生き方まで変えてしまうところに、読書のおもしろさはあったりする、と思います。
少なくとも、この体験が、「本」というものと自分の関係を決定的にしたのは間違いありません(そういえば講談社の最終面接でこの話をしました……)。
この本が、すべての方の価値観を変えるかどうかは分かりません。しかし、本にはそうした力があります。書店という本の森をふらふらと散策してみてください。迷子になるかもしれませんが、思わぬ場所で、素晴らしい出会いがあるかもしれませんよ。
(2011.01.01)