講談社100周年記念企画 この1冊!:世界の児童文学名作シリーズ『ハヤ号セイ川をいく』

講談社100周年記念企画「この1冊!」

 

20冊目

世界の児童文学名作シリーズ『ハヤ号セイ川をいく』

作:フィリッパ・ピアス 訳:足沢良子

堤泰光
講談社BOX 50代 男

酔っぱらいの夏の歌

書籍表紙

世界の児童文学名作シリーズ
『ハヤ号セイ川をいく』
作:フィリッパ・ピアス
訳:足沢良子
発行年月日:1974/04/20

『ハヤ号セイ川をいく』"Minnow on the Say"by A.Philippa Pearce(の一部)を高校生のときに読んでいる。しかも、なんと、英語で。読ませたのは定年間際の教師Sで、夏休みの選択授業「英語講読」でだった。授業をとった奇特な学生はたった6人だけで、この6人は、読み、訳し、誤りを直され、怒られる2週間を過ごした。
 入社した年、『ハヤ号セイ川をいく』の日本語訳(足沢良子/訳)が講談社から出版された。発表から既に20年が過ぎていた。私はさっそく今度は全編を読むことができた。
 岸辺の柳、野ばらやりんどう、水面をすべるカヌー、石造りのアーチ橋、荒れた邸宅と庭。友情に厚く、誇り高く、勇気をもって決断し、激しやすく、偏屈で、酔っぱらいで、底意地の悪い人々。そして、宝と秘密と謎解きと……老教師Sが伝えかったものは、イングランドそのものだということが、その時ようやくわかった。

 本を読むことは、きわめて個的な孤独な作業なのだが、それを続けていくと、いつしか本の国の住人の一人になってしまう。そこでは思いがけずも様々な表情の人たちと出会うので、本を読んでいて飽きることはない。

 私が『ハヤ号セイ川をいく』で出会った一人は、たとえばこんな人だ。

 そのとき、デビッドは思いだした。暑い日の、午後おそく。それから、歌。

    ヘイホー!
    ヘイホー!

 あれをうたっていた人がまちがいなく、さんざしや、くりんそう、アプルミントやおにサルビア、すいかずらや、ばら――花酒を作るのに使うすべての花のかおりを持ってきたのだ。夏のかおりにつつまれて、その人はうたいながら、三輪自転車に乗って、くねくねと通り過ぎたのだ――気らくに、けいそつに――そうだ、酔って。

 愚かしくも愛すべき酔っぱらい、スキークがその人だ。素敵な描写だと思う。

『ハヤ号セイ川をいく』は、今、「青い鳥文庫」で読める。

(2010.12.15)

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