講談社100周年記念企画 この1冊!:世界の絵本シリーズ『ニコラスのペット』

講談社100周年記念企画「この1冊!」

 

18冊目

世界の絵本シリーズ『ニコラスのペット』

文:インゲル・サンドベルイ  絵:ラッセ・サンドベルイ  訳:たなかみちお

長岡香織
児童図書第一出版部 38歳 女

「うわあ」と声をあげて「そのつもり」に

書籍表紙

世界の絵本シリーズ
『ニコラスのペット』
文:インゲル・サンドベルイ
絵:ラッセ・サンドベルイ
訳:たなかみちお
発行年月日:1971/02/10

 子どものころ、私の家では、母がいたずら心で、食卓での家族の会話などをカセットテープにこっそり録音することがありました。私があまえていたり、ぷんぷん怒っていたりしている声を、あとになってからきかされて、またそれに腹をたて、家族に大笑いされたこともあります。そうしたテープのなかに、私がある絵本をたどたどしく朗読しているものが残っています。

『ニコラスのペット』という、スウェーデンのサンドベルイ夫妻が描いた絵本です。「おばけのラーバン」や「アンナちゃん」などの作品をごらんになった方もいらっしゃるでしょう。文は奥さんのインゲルさん、絵はだんなさんのラッセさんが描いています。

 主人公の少年ニコラスは動物好きで、生き物がどんなにかわいいかわかってもらいたいあまり、おかあさんにこんなことをします。

「ママのくつにありをいれたときには、ママはひめいをあげました。

 うえきばちにみみずをいれたときには、ママは、うわあっていいました。

 小さなかえるの子を、ママのおさらにのせておいたときには、うわあ、わあってさけびました」

 本のなかでも、この部分がたいそうお気に入りで、カセットテープのなかの私の声は、「うわあ」という悲鳴の部分で、興奮のあまり声が裏返っています。おそらくここを読むたびに、ニコラスの「つもり」になって、みみずをいれた「つもり」になって、母が悲鳴をあげるのをきいた「つもり」になっていたのでしょう。(母にいたずらしている「つもり」になっているその声を、当の母に録音されているとも知らずにですが)

私が今、こうして児童書の本づくりにかかわるようになったのは、自分が生きる小さな世界のなかでも、本を読むと、さまざまなな「そのつもり」を味わえることに、そのつど喜びを感じていたからだと思っています。

 この絵本は、「世界の絵本」というシリーズの一冊で、ほかにも、フランソワーズやセンダックなど、どこか遠くのにおいや気分がただよう外国の絵本がたくさん並んでいました。『ニコラスのペット』には、写真や切り絵のコラージュなどの手法も取り入れられていて、今眺めても、その絵づくりの妙に目を奪われます。子どものくせにおかしいですが、当時、なんて新しいんだろうなんて感じていました。

この絵本には、箱がついていました。本棚から箱に入った本を手にとり、箱から本を抜き出し、ページをめくって旅をし、「そのつもり」になった後で、本をぱたんと閉じ、また箱にしまって、本棚に戻すという一連の流れが、私にとって「本を読む」行為のすべてでした。本棚に戻した後に残る、旅した世界を大切にとじこめておけるような安堵感は、おとなになった今でも、本に出会うたびに感じています。

(2010.12.15)

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