講談社100周年記念企画 この1冊!:講談社ノベルス『ドッペルゲンガー宮 《あかずの扉》研究会流氷館へ』

講談社100周年記念企画「この1冊!」

 

13冊目

講談社ノベルス『ドッペルゲンガー宮 《あかずの扉》研究会流氷館へ』

著者:霧舎巧

加藤玲衣亜
文庫出版部 20代 女

初めて「みんな」で読んだ本

書籍表紙

講談社ノベルス
『ドッペルゲンガー宮 《あかずの扉》研究会流氷館へ』
著者: 霧舎巧
発行年月日:1999/07/05

 中学校の時に、一番居心地がよかった場所は生徒会室。生徒会役員であるのをいいことに朝も昼も通いつめては、友人としゃべったり、本を読んだりしていました。ある日、読みかけのハードカバーを机に置いたまま友人と話をしていると、ひとりの先生が入ってきて叫びました。

「誰だ! 『水晶のピラミッド』を読んでいるのは!?」

『水晶のピラミッド』は、本格ミステリーの父とも言われる島田荘司さんの代表作の一つ。わたしがミステリーにハマるきっかけになった作品でもあります。

「あ、わたしです」

「加藤か! なかなか見所があるな!」

「……あ、ありがとうございます」

「この学校で、まさか俺以外に『水ピラ』を読んでいる人間がいるとは。驚いたぞ!」

 そんなやりとりがあった翌日、先生がわたしに勧めてくれたのが、霧舎巧さんの『ドッペルゲンガー宮』でした。先生いわく「『水ピラ』が好きなら、きっと気に入るはずだ」。

『ドッペルゲンガー宮』は、「《あかずの扉》研究会シリーズ」の第一作目。森博嗣さんや西尾維新さんを輩出した「メフィスト賞」受賞作で、六人の大学生が主人公です。舞台は閉ざされた謎の舘。依頼を受けてそこを訪ねることになった研究会のメンバーは、そこで恐るべき連続殺人事件に出くわします。大掛かりな物理トリックと、頭がくらくらするようなロジックが堪らない作品で、もともとミステリー好きだったわたしは「完璧! 完璧!」と悶えながら読了。わたしのそのハマりようを知った先生はにんまり。ある日、とんでもないことを言い出しました。

「俺、後動悟に似てると思わない?」

 後動悟は、このシリーズに登場する名探偵。冷静さと知的さを兼ね備えた、パーフェクトな男性です。いやいや。あまりの勘違いっぷりに、さすがのわたしも呆然。

「……後動さんは二十代ですよ。先生おいくつですか」

「いや、絶対似てるって。メガネとかさ。この描写、俺としか思えない」

「いやいやいや……(むしろ共通点はメガネだけだよ……)」

「決めた。俺、後動やるわ」

「はい?」

「じゃあ加藤。お前はユイやっていいぞ」

「はい!?」

 なぜかヒロインの由井広美ちゃん役を拝命。しかし、やっていいってどういうことなのでしょうか。一体どこでなにをやると?

 後動悟を「やる」と決めてからの先生のアクションは非常に早く、残り四人のキャラクターに似た感じの生徒を見つけては、「お前、カケルやっていいぞ」などと勝手に指名。名指しされた生徒はわけも分からぬまま『ドッペルゲンガー宮』を読み、そのまま流れで本格ミステリー道へ。この先生のせい……ゴホゴホおかげで、わたしたちの中学の「ミステリー好き」人口は確実に増加しました。気づけば、わたしが教室で『有限と微小のパン』を読んでいる横で、『姑獲鳥の夏』を読んでいる子がいるような事態に。厚いよ……厚くて熱いよ、みんな!

 結局、「やる」の意味は最後まで分からなかったのですが、先生と生徒の間でこんなにも共通の話題が盛り上がったのは、人生通してもこの時だけです。『ドッペルゲンガー宮』が広めたミステリーの輪。ミステリー好きを自称していた男の子も、それまでミステリーを読んでいなかったような女の子も、手にしているのは「《あかずの扉》研究会」。本の持つ力の大きさを実感したできごとでした。

 中学校を卒業して、もうすぐ十年。あの時の先生やクラスメイトたちは今頃どうしているんだろう、とふと考えます。まだミステリーを読んでいるんでしょうか。初めて、自分ひとりだけでなく、多くの人と一緒に楽しむことができた『ドッペルゲンガー宮』。これが、私の思い出の「この1冊!」です。

(2010.12.01)

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