講談社100周年記念企画 この1冊!:『東京・味のグランプリ200』

講談社100周年記念企画「この1冊!」

 

8冊目

『東京・味のグランプリ200』

山本益博

木下智夫
法務部 50代 男

私は如何にして人格を形成してきたか

書籍表紙

『東京・味のグランプリ200』
著者:山本益博
発行年月日:1982/04/15

 当時は少年漫画誌から大人向けの雑誌に異動して間もないころで、仕事相手もカメラマン、イラストレーター、デザイナー、スタイリストといったカタカナ業の人たちに変わり、打ち合わせの場所に指定された店に行くと、あまりのおしゃれさにのけぞることたびたびでした。割烹着着たおばちゃんママがほほえむ、私鉄沿線の駅前スナックがホームグラウンドだった日々とは様変わりです。

「これは少しちゃんとした店を研究しなくちゃいかんな」と、雑誌やガイド本を読み漁り、これはと思った話題の店に行ってみるのですが、これがどういうわけかちっともおいしくない。「あんなにほめてあるのにどうしてかな。小さいころにババくさい家庭料理を食いすぎて、先端の味がわからない味音痴になっちゃったのかな」と自信をなくしていました。

 そんなときに読んだのがこの本です。そのころ山本益博さんは一般的には無名でしたので、著者名に惹かれたわけではなく、あまたのガイド本のひとつとして何気なく手にしました。

 この本では店の評価を星で表し(ミシュラン方式を日本のガイドに持ち込んだ嚆矢かもしれません)、三ツ星から無印までの4段階にわけています。無印とは「食べてみる甲斐のない味、といってみたらよいか、どこかのガイドに取り上げられていながら、実際には現在その値打ちがほとんどない店」と益博さんが判断した店で、これに対するコメントが滅法辛辣です。

「よくもまあこんなロクなネタもつかわない店に客が集まるものだ」「こんなまずい動物のえさのような豆のてんぷら」「出さないほうがまだましではないか」「一度、客の立場になって快適に食べられるものか試食をしてみるべきだろう」「このラーメンのスープをまともに飲んだら確実に胃袋をやられるのではないか」などと情け容赦ありません。

「そうだそうだ、有名店だからっておいしいとは限らないんだ」となんだかうれしくなり、星付きはほっといて無印のところばかり、しまいには暗記してしまうほど繰り返し繰り返し読みふけりました。

「店側の言い分を聞くだけで、食べる側の明確な視点がない」と、既存のガイドを批判するスタンスに立った益博さんは、この本でフードジャーナリズムに実質的にデビューしました。というより、今に続く現代的なフードジャーナリズムの枠組みを作ったといってもいいでしょう。

 そしてすっかり益博さんにかぶれた私は、「著名な物書きでも面白いものを書くとは限らない。いわんや無名をや」と勝手に敷衍して、「これを印刷するなら白紙のほうがまし」とか「この原稿を読んでると脳が腐る」などとライター諸氏にほざく、感じの悪〜い編集者になっていったのです。

(2010.11.1)

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